「たとへば、こんな怪談話 4 =雲外鏡= 第一話」  「あーー、こらこら、だめだよここに入っちゃ…」  庭の花壇に植えたばかりの芝桜の中に入ってじゃれ合っている子猫達 を秋山庄兵は捕まえていた…春の日差しが心地よい日であった。  子猫達は庄兵の気も知らず、ここがお気に入りの場所であるのか、後 から後からぞろぞろ入ってくる。  「まだ、根がしっかりしていないんだ…あっこら!そんな所掘っちゃ だめ!!」  この春生まれた子猫達である。やんちゃな盛りである。  庄兵は、最初は丁寧に一匹ずつ花壇から取り上げていたが、あまりに も子猫がしつこく入ってくるので、頭に来てしまいには片っ端から子猫 をつまみ上げ、花壇から放り出していた…いささか乱暴かと思われるだ ろうが、子猫の数は半端ではない、今年生まれた子猫だけで、その数2 0数匹!  庄兵の家は、近所でも「猫御殿」とあだ名されるほどの猫を飼ってい た。数はとうに数えるのを辞めたが、最後に数えたときは40匹程居た。  おかげで、庄兵の家の門には『猫あげます』の看板が年中貼られてい た…なぜ、こんなに猫を飼っているのかは、近所の人でも首を捻るとこ ろであるが、その理由はこの家の陰の主のせいである。  子猫達のおいたは続き、とうとう音を上げた庄兵は抱きかかえるだけ 抱きかかえた子猫達を持って、縁側の専用の座布団の上に鎮座している 大きな三毛猫の所に行き、  「お八重さん、どうにかしてよ!」 と、困り顔で三毛猫に話しかけた。すると三毛猫は子猫に向かってごに ょごにょ言うと、次いで大きな声で鳴いた。いや、この場合、吼えたと 言った方が正解かも知れない。  その声に反応して大きな猫達がどこからともなく次々と集まってきた。  お八重と呼ばれた三毛猫は、集まってきた猫達にまたごにょごにょと 何か言った。  すると、数匹の大人の猫達は花壇に向かって行き、花壇の外側から猫 なで声を出して、花壇に入っている子猫達を花壇から連れだし、くわえ て連れ去っていた。  「これでいいかい?」 と、お八重は言った。このお八重という猫、実はこの家に住み着いて、 120年も経つ”猫股”である。  庄兵はこのお八重を”猫股”と承知の上で家に置いている。  お八重は、以前は庄兵の祖母静が飼っていたが、静が亡くなると同時 に一旦この家を出て行き、暫くして孫の庄兵がこの家に住むようになる と、どこからともなくふらりと帰ってきたのである。  それは、庄兵はふとしたことから自分の守護霊である祖母の霊と話せ るようになった…それが庄兵の祖母の静であり、以来静が庄兵に対して 色々助言するのを聴くことが、今の庄兵にとっては当たり前のことにな っていた。  お八重はその静がやはり”猫股”と承知の上で、あるときには、静の 使い魔として活動していたそうである。  庄兵は霊や妖怪の存在を信じるが、元々怖がりなので、未だに他の霊 や妖怪を見ると気を失うと言った肝っ玉の小さいところがあった…この お八重こそ、この家の陰の主であり、この家に住む猫はお八重の子孫達 である。  庄兵は以前、お八重に助けて貰った恩から、この猫達を家に置いてい る。しかし、彼女らも無駄飯食べているわけではなく、ちゃんと陰では 庄兵とこの家を守っていた。  「ありがとう、お八重さん」 と庄兵は言うと、抱えていた子猫達を放した。子猫達はそれぞれ思い思 いの場所に散っていった。  庄兵はお八重の居る座布団の隣に腰掛けると、擦り寄ってきた猫を膝 に乗せ優しく撫でながら日なたぼっこをしていた…と、などと書くと、 庄兵はそうとう年を取っているように見えるが、庄兵は今年33歳にな るまだ嫁さん募集の独身男であった。  「今日は、やけにうるさいねぇ…」  お八重が家の裏の方を向いて言った。  「ああ…今日から、裏で工事が始まったんだ」  庄兵の家の裏の空き地では、今日から公園を作る工事が始まった。こ の土地は元々秋山家本家の土地の一部であったが、庄兵の養父の慎太郎 が市に対して賄賂という意味で、その一部を寄付していた。慎太郎の逮 捕により、賄賂のことは有耶無耶になったが、あの土地だけはしっかり 取られていた…そこでは、数ヶ月前から秋山本家の古い武家屋敷時代の 遺構調査が行われていた。  家を建て替える際、その土地から昔の遺跡や遺構が出てくると、市の 教育委員会の調査が終わるまで、家が建て替えられない事になっている。 また、その間の調査にかかる費用は、その土地の所有者が負担しなけれ ばならないと言う理不尽な法律がある。そのため、道路建設などでそれ らが発見されると、工事担当者は見なかったことにして、埋め戻すと言 ったことをするのだそうだ。  当然、秋山本家のある土地は、鎌倉時代からの武家屋敷の遺構がまる まる残っているはずであるが、慎太郎がどこをどうやったのか、今の家 を建て替える際に遺構調査を免れていた…そのため、こんなに早く立派 な屋敷が新築されたのである。  最初、市の教育委員会は、あの土地の遺構調査費用の負担を求めてき たが、庄兵はあの土地が既に市の物であると突っぱねた。  そのためか、調査をしている人間が庄兵の家に上がり込んでトイレや 井戸を借りると言った嫌がらせめいたことを度々してきた。  しかし、今度の公園の建設工事はちゃんとした業者が請け負うようで、 工事の数日前から庄兵の家はもとより、近所にも心配りをしっかりする ほどの腰の低い態度を見せた。  庄兵が大あくびをしてごろんと縁側に寝ころんだ時である。  突然、「ドカン!」と言う音がして、地面が揺れた。  庄兵は「すわ、地震か?」と思って起きあがると、家の裏の方から騒 ぎ声が聞こえた。  何だろうと思って家の裏に回って垣根越しに工事現場を覗いてみると、 小型のパワーショベルが穴に落ちているのが見えた。  「大丈夫か?けが人は?」 と、庄兵は垣根越しに工事現場の人に聞いた。  「パワーショベルに乗っている奴が怪我をした!すまないが救急車を 呼んでくれ!!」  庄兵は言われるままに、救急車とレスキューを呼んだ。  程なく救急車とレスキュー隊が到着し、幸いパワーショベルに乗って いる人は軽い怪我だけで救助された。  庄兵達は、ほっと胸をなで下ろした。  翌日、クレーン車が来て、穴に落ちた小型パワーショベルを引き上げ た。パワーショベルが落ちた穴を調べると、穴の中から甲冑やら刀弓槍 や鎧櫃などが出てきた。  それを見た途端、工事現場の作業者達は  「あーあ、これで、工事がストップしちまう…飯の食い上げだぁ!!」 と、口々に嘆いていた。  その日の内に、工事現場の作業者達は機材をまとめ、大きな物は現場 の隅に片づけて引き上げていった…  …それから一週間は工事は行われず、工事現場はほったらかされてい た…  一週間後、庄兵の家に市の職員が訪ねてきた。  彼らの話によると、工事現場の穴から出てきた物の所有者は、庄兵で あるらしい…しかし、市の所有する土地から出てきたので、庄兵に発掘 権はない。もし、庄兵が無理に発掘しようとして、工事現場に入ったら、 侵入罪で逮捕すると脅かした後、発掘は市で行うから、発掘費用と発掘 した物を市に寄付しろ!と、言う内容であった。  一週間も放って置かれたのは、どうやら物の所有権と発掘費用のこと で市役所内部で揉めていたためらしい…  「そんな理不尽な!」  庄兵は反発したが、市の職員は市条例を盾に取り合おうとしなかった。  結局、話し合いは平行線をたどり、その日は暮れていった。  「さーーて、どうしたものかな?」  その晩、庄兵は居間でテレビも付けずに考え込んでいた。  「ほんとうに、困ったわねぇ…」  庄兵が振り向くと、そこには庄兵の祖母静の若い頃の姿があった。  「静さん、あれはいったいなんなの?」  「あれ?あれはねぇ…昔、ご先祖様が突然戦が起こったときのために 備えて蓄えていた鎧甲冑らしいの…」  「元々、あそこら辺にあった倉の地下室の一つだったようだけど、こ の前の戦争で、この辺りが焼夷弾で地上にあった家屋敷も倉も何もかも 焼けちゃって、訳が分からなくなったから、前の家を建てるとき、全部 整地したのよ…その際に、倉の跡も埋めちゃって…私だってあの倉に地 下室があったなんて、思っていなかったから…」  「ふーーん」  暫く、2人とも黙ってしまった…  「…あっ、そうだわ!」  静は左手のたなこごろを右手の拳でポンと叩くと、  「ちょっと、見てくるわ!」 と、きびすを返すと居間から出ていこうとした。  「…でも、静さんそれじゃ不法侵入になっちゃうよ!」  慌てて、  「あら…霊にそんな物通用するかしら…?」 と、静は振り返ってニッコリと微笑んだ。  その言葉を聞いて、庄兵は  「あっ…そうか…!」 と、ハタと気づいた…それだけ、庄兵には静の霊が身近感じている証拠 だった。  「それなら、あたしも行こうかねぇ」 と、言って居間の隅に寝ころんでいたお八重もむくりと起きあがった。  そして、連れだって外に出ていった。  …暫くして、二人が帰ってきた…  「どうだった?」 と、心配そうに訪ねる庄兵に  「そうねぇ…取り分けてお金とか貴金属と言った貴重な物は無かった わねぇ…みんな具足と錆びた刀弓槍ばっかり…」 と、言って静は肩をすくめた。  「みんな家の子郎党達に貸し出す武具ばかりだねぇ…あれじゃ、市に くれてやっても、痛くも痒くもない」 と、お八重も言った。  「そう…」  庄兵はいささかがっかりした。  …翌日、庄兵は会社から電話で、「穴から出てきた物は全部所有権は 放棄するから、発掘費用は払わない」と言った旨を市役所に伝えた。  市役所はその対応に驚いて、何とか発掘費用を出させようとしたが、 庄兵は取り合わなかった。  下っ端の役人はこけおどしを掛けてきたが、上の方で秋山一族を敵に 回すのはまずいと思ったのであろう…市の上の方の役人が電話にでて、 庄兵の意向を渋々呑んだ…  …次の週末…  どうも雲行きが良くないので、洗濯物を部屋の中に干していた庄兵は 市の教育委員会の職員と名乗る人物の来訪を受けた。  玄関で応対した庄兵にピンクのつなぎのを着て作業帽を被ったその人 物は、名刺を差し出しながら  「私、市の教育委員会の依頼を受けて、お宅の裏の穴の中を調査する ことになりました県立大学考古学研究室助手の柳沢と言います」  丁寧な挨拶を述べて、被っていた作業帽を取って挨拶した。その下に はアップに纏めた黒髪があった。  「はあ…どうも…」 と言って名刺を見た。そこには、  +-------------------------------------------+ I 県立大学考古学研究室助手 I I I I 柳沢 雪枝 I I I I 住所 ********** I I TEL 045-***-***** FAX 045-***-***** I +-------------------------------------------+ と、あった。  名刺を受け取りながら、庄兵は雪枝をしげしげと見ていたが、県立大 学考古学研究室助手と言っても、雪枝の歳は庄兵よりかなり若い感じが した。  庄兵が見る限りでは、雪枝は少し小柄で華奢な感じがした。そのせい か作業着がブカブカに見えた。  雪枝は庄兵の顔を見上げて眼鏡越しに庄兵の目を見てニッコリ微笑む と、  「なにかと、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」 と、言った。  庄兵は雪枝の笑顔にハッとして、慌てて名刺を見たが、一寸疑問に思 い、  「あの…」 と、語りかけた  「なんでしょうか?」 と、微笑みながら丁寧に返答する雪枝に庄兵はおそるおそる  「あの…この前の裏の遺構調査の時、貴女の大学の”松平”と言う教 授が来ましたが…」  庄兵の脳裏には、前回来た横暴で屁理屈ばかりを言う老教授の姿が浮 かんだ…  「あっ!松平教授…私は松平教授の助手をしております」 と、ニッコリ微笑む雪枝の顔を見て  (えっ!あの屁理屈教授の助手…?こんな可愛い娘が??) と、庄兵は驚いた。  「…それで、あの屁理屈…いや、松平教授は?」  「はい、持病の腰痛が悪化しまして、自宅で療養しています」 と、雪枝は平然と答えると、  「では、早速作業に取りかかりますので、ここしばらくはご迷惑をお かけします」 と、言ってペコリと頭を下げ、雪枝は玄関から出ていった。  庄兵は興味半分で家の裏に回って垣根越しに発掘現場を覗いてみると、 発掘作業員は雪枝一人であった…  「一人で、大丈夫ですか?」 と、庄兵が訪ねると  「大丈夫です、いつものことですから…」 と、雪枝は平然と答えた。  穴に掛けてあるビニールシートを取り去り、ヘルメットを付けると雪 枝はカメラを手に、穴に入っていた。  穴の四方を写真に収めると、雪枝は一旦穴から出て、スコップやらシ ャベル,ふるいを手に再び穴に入っていった。  庄兵は、暫く雪枝の作業を見守っていたが、洗濯物がまだ残っている ことを思い出し、家の中に戻っていった… =続く= 藤次郎正秀